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ぞうれっしゃよ急げ 空をかけて走れ

 

 

それから時が経ち、

またしても、先生からメールが届いた。

 

 

実は例のコンサートというのは、

市の事業としての青少年育成的なやつで、

3年事業の第2回が前回だったようだ。

で、今年が3回目で、集大成となるコンサートをやるとのこと。

 

 

さすがにもう無理。

練習は毎週19時からあって、

その時間は普段会社にいるからそもそもキツイし、

前回もみんなレベル高くて全然ついていけなかった。

子供達の輝かしいコンサートの足引っ張るのも申し訳ない。

1度経験させてもらったし、まぁ思い出でいいじゃんか。

 

そう渋っていると、

まぁそうだよね。

忙しいし無理して出てもらうのも申し訳ないし。

と、こちらの意向を汲みつつも、やはり一度練習に来てくださいと言われた。

 

 

やっぱりこの人には敵わねぇな〜とかなんとか言いながら会場に着き、

そして、またもや胸を打たれた。

今回は、演目がすっごく良い。

「ぞうれっしゃがやってきた」である。

 

戦中戦後の東山動物園にいた

ぞうさんにまつわる実話を基にした合唱ミュージカルで、

原作は小出隆司先生の絵本「ぞうれっしゃがやってきた」。

 

長くなるから端折るけど、

木下大サーカスから4頭のぞうを買い受けるところから始まり、

第二次世界大戦が起き、食料の配給も止まり、

軍の司令部から動物殺傷の命令が下されるも、

園長さんをはじめとする飼育員一丸となり、せめて象だけはと懸命に守り抜き、

結果エルドーとマカニー、2頭の象が生き残る。

戦後、東京で開かれた子ども議会で、

動物園の議題の中で東山動物園からぞうを貸してもらおうと決議された。

しかしながら象の輸送手段や戦争による体力の衰えから一時は断るも、

今度はそれを聞いた国鉄の計らいで、

県外の子供達を東山動物園へ招待するため、

特別仕様のぞう列車を走らせたという物語。

 

このぞうれっしゃによって、

約45,000人の子供達が東山動物園を訪れることができた。

東山動物園へ向かう列車の中で、子供達はまだ見ぬぞうに思いを馳せて、

どれくらい大きいのかな

背中に乗りたいな

長い鼻ですべり台できるかな

と目をキラキラさせて話していたという。

 

ぞうや、子供達を想うそれぞれの登場人物の描写もまっすぐ表現されていて、

動物を殺すシーンなんてとても生々しくて辛いところがあるけれど、

子供達の純粋な気持ちもわかりやすく描かれていて、本当に素晴らしい作品です。

勿体ないくらいものすんごく割愛したけど、戦争をテーマにした平和のお話です。

 

曲も本当に素敵なものばかり。

ラスト2曲は何度聴いても涙が出てくる。

というか近頃涙もろくなっている。

 

 

 

これはダメだ。

男の歌い手が少ない業界なのもよくわかるけど、さすがに僕ではダメ。

今回から参加される、

素晴らしい大人の演者のみなさまと肩を並べるのも恥ずかしいし、

また子供達の演技に圧倒されるだけだ。

今回ばかりはさすがに役不足だ。

 

だって毎週練習行けるの?

毎晩家に帰って練習できるの?

無理でしょ。

じゃあ断らねば。

みんなのために。

よし、断ろう。

 

 

そう覚悟を決めながら、

手渡された台本に目を落とすと、

さも当たり前かのように、台本に私の名前がありました。

 

 

 

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!

 

 

 

家に帰りすでに床についていた奥さんに事の顛末を伝えると、

あぁそう、ご飯冷めとるで温めて食べて。

と言われた。

奥さんのご飯はチンしてもおいしい。

 

 

 

 

そして去りし日、9月某日に無事、コンサートを終えてきました。

 

ブログ全然書けなかったから、

ずいぶん前の話になってしまったけれども。

 

 

本番に向けて、前回よりもさらに厳しい指導の中、

難しい役柄と演技、

さらには動物を殺す側の兵隊役に指名され

気持ちが入りすぎて練習からもう半泣きで必死にやりました。

 

作者の小出先生をお招きしてみんなで勉強会もやった。

当時の園長先生を始めとする関係者に直接取材をされ創っただけあって、

表に出ていないものすごく辛く苦しい話もたくさん出てきて、

この年になってこんなこと勉強させていただく機会もないから、

本当に良い経験となった。

出演者ひとりひとりにサイン入りの絵本もくださった。

これは家宝にします。

 

ぞうれっしゃがやってきたの絵本は、実は1冊自分でも買っていたんだけれど、

食べ盛りの息子(8ヶ月)がむしゃむしゃしてヨレヨレのビリビリにしてしまっていた。

小出先生にそれを話すと

絵本食べちゃったって話はね、ぼく初めて聞いたなー!

と笑ってなぜかアメをくださった。

 

 

 

 

当日は文化会館パンパンになる超満員の中、

カーテンコールにかけて、ボロボロ泣いてしまい、

舞台袖のお母さんたちも泣いてたし、

演者もみんな泣いてるだろうと思っていたけれど、

まさかの泣いてたの僕だけで、後からお客さんにすごい笑われた。

 

あと新聞にも思いっきり掲載されて、何人か知り合いにバレた。

 

 

 

良い思い出になったなぁで終わると思ったのだけど、

再来年は、ぞうれっしゃ開通70周年だそうで、

全国的なイベントが催されるらしく、先生もまたやると意気込んでいる。

 

歌の指導をしていただいたまた別の先生には、

来年の春、また違う舞台にお誘いいただいた。

 

さらにまた別日で、

サウンドオブミュージックの公演をご依頼いただきそっちにも出演する。

 

 

 

なんか、気が付いたらズルズルと引き込まれている。

 

 

バンドはまぁ平日の深夜にスタジオ入ってるから大丈夫やし、

家庭からは最初っから何にも期待されてないからいいけど、

まず、人様の前で歌えるほど歌えないし、

仕事との兼ね合いの中で、

自分の着地点が見つからずに、それだけがずっと石ころのように残ってる。

 

まぁでも、音楽やめちゃった、

もしくはやりたくてもできない同窓生たちがたっくさんいる中で、

たいして真面目にやってこなかった僕が

こうして誘ってもらえるだけでもありがたいし、

出るって言った以上は出るのでしょうけど。

 

 

 

高校に入ったばかりの頃、

学年主任に呼び出されて聞かれたことがあった。

 

お前は、オペラにいきたいのか?

それともミュージカルにいきたいのか?

早いうちから将来のことを考えておけ。

 

僕は答える気もなく、たぶん笑ってごまかしたような覚えがある。

 

 

 

例えば、僕がソリストをやるくらい頑張ったり、

クラシックにおける積極的な音楽活動はできないし、

するつもりもないけれど、

自分の生活の中でできることを必死に模索しながら活動されている地域の音楽家、

夢見る真っ白な子ども達に対して、

僕が一緒に歌うことでそれができるのなら、手助けくらいはしてあげたいと思う。

 

打ち上げで、子ども達の宴会芸にケラケラ笑いながら、

そんなことをぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

写真、

どんな困難があろうとも

決して歩みを止めずお母さんの元へ向かう息子。

(お父さんのところへは行けなくてもまぁいいというスタンス)

 

 

 

平和とぞうと子どもたち / 藤村記一郎

 

 


コメント
初めまして、ではないのですが、今はもう僕のことは覚えていないと思います。
昔ランドストループの解散ライブにてご挨拶させていただいたものです。恐らくKskに聞けば分かると思います(中学の同級生でしたので)。

ひゅーいさんが当時メロンパンツとして活動されていたとき、ぼくにとっては初めてブログを見たときから、早10年近く経とうとしていますが、いまだ時折ブログが更新されていないかな?とチェックしては読ませていただいています。

ひゅーいさんの軽妙な、しかし細かなやり取りや出来事を記した文章から感じる濃密な体験を、ブログを通じ知ることができ、楽しく読ませていただいています。まるで古くからの友人が元気な姿を見せてくれているようで、読んでいるとなんだかうれしい気持ちになっています(もちろん一方的で、気持ち悪いですが・・笑)

普段絶対にこう言ったコメントは残さないのですが、10年越しの思いをふと、綴ってみました。お体に気を付けて、家族、音楽、仕事と忙しいとは思いますが無理のないよう、頑張ってください。
これからも応援していますし、たまにブログを見に来たいと思います(笑)。

失礼します。
  • 小吉
  • 2018/06/13 1:43 AM
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